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選挙ですねぇ!

2015年04月07日 10:23

昨日の夕方、雨の中の街角で誰も聞いているとは思えない中、演説をしている候補者を見て、思わず車の中から手を振りました。
それに気づいて、満面の笑顔で手を振り返す候補者とスタッフ。

その人に投票する事は無いので、投票数にカウントされると申し訳無いのですが、

随分昔に叔父の選挙のウグイス嬢をやっていた時、手を振ってくれる人を見ると疲れが飛んだ記憶が有るので、その時を思い出しちゃうんです。

当選しても、雨の中で頑張った記憶を忘れずに庶民の為に働いてください!

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愛の重さ~募金と物資寄付の御礼

2011年05月31日 18:37

NIIGATAフォークジャンボリーの主旨に賛同頂いた方々のご協力で、募金をして頂いたお金は、
あしなが育英会の「東日本大地震.津波遺児募金」へ寄付しています。

今回の大震災で、親を失い、学業を続けるには困難な状況に置かれた子どもたちの為に僅かでも役に立てること。
日本の将来を担う子どもたちが、将来に希望が持てるように継続した応援をすること。

その思いを持って、募金活動をしています。

ライブ会場や、街頭でのお願いには、小さなお子さんからご年配の方まで幅広くご協力を頂きました。
子どもさんが入れてくれる硬貨の重さが、ずっしりと手に感じ、

子どもを持つ親として、孫を持つ世代として、自分に置き換えて考えてくれたみなさんの愛の重さに感謝します。

5月24日に二回目の送金をして来ました。


4月17日 Kazmin'.comのサンデーフォーク・ジャンボリー(1,000円)

4月22日 金曜の夜はフォークでなじらね(5284円)

4月23日 「蜩」さん主宰夕陽がきれいなのに、いつも夕陽が見れないコンサート(32,270円)

5月 1日 NIIGATAフォークジャンボリーmini at 万代シティパーク(33,900円)

5月 7日 門前音楽市(6,848円)

5月 8日 門前音楽市(21,498円)

5月21日 清瀬フォークジャンボリー(30,098円)

以上合計 130,898円(累計 234,240円)

尚、清瀬FJで頂いた募金は、清瀬フォークジャンボリー名で振り込みをしました。


更には以下の皆さまから物資及び、お見舞い金、温かいお気持ちを頂き感謝しています。
まだまだ先が長い中、長いスパンで応援を続けて参りますので、今後ともよろしくお願いします。


☆外山さん(みずぐるま)☆し~ちゃん&は~ちゃん☆KAZU君・まゆみちゃん・MAC君(風花)

☆石田正広さん☆中ちゃん&恵子さん☆岩崎さん☆池ちゃん(蜩)☆田中ご夫妻☆花鳥風月さん

☆yumizoさん☆こねこさん☆舘恭介さん☆にゃん♪さん☆ひろみんさん☆しょこたんさん

☆かおちゃん☆マーシ&ふかっち(野村深沢)☆みなっち☆れいちゃん☆鈴木ご夫妻(Woody Bell)

☆前田ご夫妻&☆広島ミュージックジャンボリーの皆さん☆ISOさん☆小野ヒロシさん☆abeちゃん

☆mimiさん☆3月13日からの各会場で募金をくださった皆さま
(順不同 書き漏れがありましたら、お許しください。)

20110524-01.jpg

清瀬FJの受付に募金箱を置いてもらいました。
20110521-25受付募金箱



やるぞっ!宮城県の2日間

2011年05月06日 01:07

伺った所は、宮城県岩沼市のさっちゃんの知り合いのTさんのお宅です。
音ちゃん夫妻は、ここのお宅の復旧作業にほぼ毎週末来ています。

さっちゃんの実家は、未だ立ち入り禁止。
それなら、知り合いのお宅から片付けようという気持ち。
凄いと思います。

Tさんのお宅は農家。海から僅か3~4㎞。
まともに津波を受けました。

当日は、納屋の2階へ逃げて、娘さんは柱に掴まって命が助かりました。

震災直後3月12日の写真を見せてもらいました。

20110503-30震災翌日の写真


そして5月2日の写真はこうです。
20110503-32同じ場所


同じく3月12日と5月2日です。
110503-33被災翌日の写真


20110503-50現在



本日の作業開始!
これじゃ誰が誰だか判りませんよね。

左からさっちゃん、石ちゃん、Kazmin'、マーシー、マーシーの奥さんです。
って説明しても判らないか。
20110502-03.jpg


家の脇には、流されてきたテレビやドア、写真、木片・・・・
それらが藁やゴミと一緒にごちゃごちゃに固まった状態です。

20110502-04.jpg


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砂利も集めて、一輪車で道路脇の集積場まで捨てに行きます。

20110503-23.jpg


20110503-24.jpg




風で細かい埃が舞い、マスクの上からも入って来るのです。

白い点点は、塩分で溶けてしまった一円玉の痕跡です。
20110503-29溶けた一円玉の跡


ボランティアと言っても市や県に登録したボランティアではないので、もちろん個人で保険に入りました。
全て自己完結出来るよう、眼鏡、マスク、ゴム手袋、厚底の長靴、雨合羽、医薬品一式、寝具、ゴミ袋・・・

それから、万が一大きな余震などで自分たちが被災したときに個人の確認ができるよう、NIIGATAフォークジャンボリーのTシャツも。

打ち合わせはしていなかったのに、マーシーも同じ格好でした。



二日目は、土壌の上の塩分を含んだ土を剥がす作業。
スコップでは深く掘りすぎて、大切な畑の土まで捨ててしまうので、焼きそば用のへらが大活躍です。
20110503-03.jpg

這いつくばって、ひび割れをした箇所にへらを差し込み、少しずつ剥がし摂ります。

この気の遠くなるような作業を、これから3回ほど繰り返して行きます。
雨が降る度に新たな塩が浮き出てくるのです。

これを土嚢に詰めて、集積場へ一輪車で運びます。
そう!みずぐるまの外山さんや、風花の丸山君、まゆみちゃん、石ちゃんの会社の部下が調達した土嚢が大活躍なのです。
20110503-02.jpg


20110503-04.jpg


流されてきた材木の枝を切り落とし、石ちゃん、マーシー、音ちゃんが転がしていきます。
20110503-05.jpg

午後から派遣されてきたボランティアさんは、若者が多く、
見ず知らずの人の為に働く彼らを見ていたら、日本の若者は捨てたもんじゃないぞ!と嬉しくなりました。
20110503-08.jpg


午後3時。今回頼まれていたもう一つの作業を開始しました。

毎日の後片付けで疲れ切っているTさん宅を含め、ご近所のみなさんの夕食作りです。
20110503-11.jpg

衛生環境が悪いことを考えて、レトルトのカレーとご飯を40食用意しました。
コンロ5個でお湯を沸かして、風を除けるテントに臨時の食卓。

テーブルに見えるのは、実は壊れたドアです。

Tさんのご家族がとても笑顔の素敵な人たちで、いつの間にか私たちも引き込まれるように笑顔になっていきました。
そうだね!私たちがしかめっ面をして作業をしていたら、Tさんに気を遣わせてしまうんだ。

いつもの通りの私たちで作業をしよう!

中ちゃんや恵子さんが差し入れてくれたお菓子と珈琲。
ありがとうって音ちゃん夫妻がおどけてみせてくれました。
20110503-12.jpg


働いた後の食事は美味いね!石ちゃんとマーシー。
20110503-14.jpg


朝作って来たおにぎりに一個だけ当たりを入れたのですが、それを食べた石ちゃんが罰ゲームで一発芸を披露。

Tさんのご家族にえらくウケテいました。
20110503-52一発芸

被災したTさんの広い田んぼで、お米が作れるようになるまで3年掛かるそうです。
それまでの収入、生活、家の修復・・・・問題山積。
20110503-26家の裏の田圃

これからも、出来る限りの応援を約束して、新潟へ帰りました。
皆さんにまた、お願いすることがあると思います。

その時はよろしくお願いします。


Tさんと一緒に。
音ちゃん、さっちゃん、また行くからね!
20110503-53Tさんと一緒に


被災地から届いた写真

2011年04月20日 23:37

少し前に仙台の音ちゃんから「土嚢が欲しい」とメールが来た。

音ちゃんは、今、仕事の無い日曜日は、さっちゃんと一緒に、知り合いの家の後片付けに行っている。

同じように津波で大きな被害を受けても、重機の不足などもあり、
場所によっては未だにがれきの撤去すら出来ていない所がある。

避難所でその日を待っているだけではいられない人たちは、自宅の後片付けに出向いて、
毎日大量の泥の撤去に追われている。

そこには何も無い。
流されて何も無くなっている。

慣れ親しんできた景色は、一瞬で別世界になってしまった。

家も、木も、草も、
そして思い出の品々も何処へ行ったのか探しようがない。

この場所が3月10日まで良く知っていた場所だなんて、
信じられない景色が広がる。

20110419-03.jpg

20110419-02.jpg


人間1人が機械に頼らずに出来る仕事量なんて、本当に少ないと思う。
それでもやらない訳にはいかない。

音ちゃんもさっちゃんも相当疲れている。
電話の会話も、時々?な感じになるときがある。

「ゴム手袋がいるんだけど、送ってくれるかな」
「どれだけいるの?」
「たくさん」

「先日送ってもらった土嚢は使い終わったんだ。また送ってくれる?」
「どれくらい必要?」
「いっぱい」

あまりに漠然としていて、どれだけ買ったら良いのか見当がつかない。
でも・・・

きっと音ちゃんも見当がつかないんだ。

それだけ大変なんだ。



今日の夕方、音楽仲間のみずぐるま外山さんが、土嚢をわざわさ届けに来てくれた。
石ちゃんの部下も調達してきてくれた。

1200枚余りの土嚢。
20110420-01.jpg


でも、人手もいるんだよね。

5月に入ったらすぐに行くよ。
そこへ行くよ。

一緒に行ってくれる仲間もいるからね。
もう少し待っていて。


20110419-01.jpg

ファイト新聞

2011年04月12日 11:37

すみません!NIIGATAフォークジャンボリーmini in 県央の写真の編集が終わったところです。日記が追いつきません。

頑張って今日は必ずアップしますね!

その前に、今朝のニュースで被災地の元気な子どもたちの様子が出ていましたので紹介します。

避難所になっている気仙沼小学校では、小学生を中心にしたメンバーによって、震災後わずか1週間から発行している壁紙新聞があります。

名前は「ファイト新聞」

ファイト新聞社の編集長は小学生です。
5人のメンバーは、編集長を始め3人が小学生、平社員は18歳、バイトは13歳という面白人事。

発行を決めたキッカケは、避難所で下ばかり向いている大人達を元気にしたかったのだそうです。

取材の前には、会議を開き、内容を検討します。

この日は、北海道から美味しい料理を持って来たボランティアさんに質問する内容を検討。

仮に、アルファベットでお名前の代わりにしますね。

A「何故ボランティアに来たんですか?」
B「その聞き方は、失礼じゃないの?」
C「じゃあさ、彼女いますか?って聞こうか」
D「それ、関係ないし!」

(笑)

会議の後はこうなりました。
ファイト新聞記者「何故気仙沼まで来てくれたのですか?」
ボランティアさん「美味しい物を、食べて元気になってもらおうと思ったんです」

大人顔負けですね。

心に傷を負っているのは、大人も子どもも同じです。
だけど大人を元気にしようというファイトを持って頑張る彼らは、被災地だけでなく全国の大人を元気にしてくれているように思います。


3月18日に初めて発行した新聞記事は、一色でした。
そして最近の新聞は、色を沢山使って、とてもカラフルです。

その変化は、一生懸命に明るい話題を提供しようとしている子どもたちの熱意の表れではないでしょうか?

みんなで協力しながら、書いているのが楽しいと笑顔で話していたこの子どもたちに明るい未来がありますように!と願わずにはいられません。

私たちも頑張らんば!

1-3越後連山の雲


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